コロナウイルスの足音
今日、うちに帰ったら息子が大泣きしていた。
どうやら原因はコロナウイルスらしい。
今日の安倍さんの発表で、全国の小中高の学校に休校要請が出た。
それに伴い、息子が通う幼稚園でも同じように休園する見込みになりそうとのこと。
息子は来月卒園予定。
もし今回休園となると、もう園に行くことがなくなる可能性が高い。
卒園式もないと思われる。
お友達や先生ともう会えなくなる。
突然。
これまでの政府の初期対応については、たらればになってしまうので言わずとも、
現状況における今後の対応の一つとしては、正しい判断そして措置だと思う。
とはいえ、この息子の姿を見るとあまりにも不憫で…。
ここ最近は泣くところなんて見せなかったのに、猛烈に泣いていた。
なんとかならないものかなぁ。
まぁ、今後どうなるのかはわからないけども。
どうにも晴れそうにない、どこにもぶつけられないようなこの感情をここに書き記す。
今日はこれだけ。
他人をコントロールしようと期待しない
昨日、実家に帰った時の話。
ふと、両親とケータイの話になったので、今現状のプラン見直しすれば?と言った。
そもそも、二人ともずっとガラケーを使っているので、スマホに変えれば?と。
僕自身は、格安SIMスマホを使っていて、デメリットをほとんど感じていない。
二人とも現在ドコモ。聞くと、月額もいい値段ガッツリ掛かっている模様。。
この二人の目を覚まして何とかあるべき方向に持って行きたい。
そう思った僕は、スマホの便利さや格安SIMのメリットなどを両親に力説した。
父親は納得して、動いた。
すぐにMNP予約番号を発行して、その勢いで最寄りの窓口に帯同することになった。
しかし、母親が動かない。。
「私はいらん。またな。」の一点張り。
僕は全く理解できない。なぜこの機会を逃す?
母の背中を押す、というより蹴っていたのだけど、母親は最後まで動かなかった。
もう理屈じゃない。
同じような人が実際にこの国にはたくさんいることもわかっていたつもりだけど、
目の当たりにして、改めて理解。
人によって正義・正解は違う。
たとえ、それが合理的と思われるものでも、全ての人の意向が一致することはない。
自分以外の人にできることっていうのは、相手を動かすことではなく仕向けるまで。
何を選択する、どう動くかを決めるのは、紛れもなくその人自身しかない。
なので、人が思い通りに動いてくれないと腹立てるのは、自分のために辞めないとね。
じゃないと、自分に無駄なストレスが掛かってしまうな。
ここまで読んでくれて、ありがとう。
手放すことも大切
今日は、部屋に置いてあるスピーカーを見て、もう手放そうと思い立った。
もう7,8年も前に購入したちょっといいスピーカー。
この頃はやたら良い音にこだわっていたというか、こだわろうとしている自分に酔っていた。
大して音なんてわかりもしないのにわかった風を装い、他にもイヤホンやポータブルアンプにもいくらかお金を掛けていた。
所有欲を満たすだけ満たしたら、結局使いこなせず…。
でも元々の貧乏性も手伝って、「せっかく買ったから、いつか使うときが来るから」
ということで、今まで持ち腐れになっていた。
今日、ようやくその自分のイマイチと思ってたところを変えようと動くことになった。
「俺は使わない。誰かに欲しい人に譲ろう。買い取ってもらって他のもの買おう。」
今の時代、スピーカーもイヤホンもワイヤレス。
どっちかというとそっちの方がいい。。
とはいえ、もう10年近く前の品物。
さすがに需要なんてなさそう、売れても二束三文か、逆にリサイクル料取られるか。
そんな風に思いながらも、僅かだけ期待を含みながらネットをたたいてみると。。
Oh!!
スピーカーもポタアンもイヤホンもちゃんと買い取ってもらえそう…!
使い込んでいないので、幸いなことに商品の状態だけはすこぶる良い。
下取り価格で、今時のスピーカーもしくはイヤホンのどちらかなら買えそうだ。
(ピンキリの差がすごいけど…)
何かを得るために何かを手放す。
今回は、何か得るために手放そうとしたわけではなかったけど、手放すことで結果的に
得るものがありそうだ。
これって、生きてりゃ他のことにもあてはまることあるよねぇ。
前に進むためには、取捨選択って重要なんだなぁ。
整理ってのも、不要なものを見極めて捨てることだし。
図らずも、そんなことを改めて感じた今日でした。
ここまで読んでくれて、どうもありがとう。
個人フットサルの魅力 ~ゲーム編~
前回、個人フットサルスクールについて書きました。
今日は、個サルの中でも試合のみのオーソドックスなパターン(以下、ゲーム)について。

ゲーム型は、その場で集まった人たちを数チームに分けて、ひたすら試合をしていく。
一試合だいたい7分くらい。
5人 対 5人で対戦する。
5人中1人はゴールキーパー(フットサル用語ではゴレという)になるのだけど、試合中に持ち回り交代となる。
大きな施設では、曜日や時間によって、レベルが分けられている。
初心者ばかりを募る回や、経験者ばかりを集めるガチサルなど。
そういったところは、ネット募集の際にレベルの★数が記されていたり、
「エンジョイ」「ビギナー」「経験者」など明記されていたりする。
僕は、今関西に住んでいるが、数年前まではしばらく首都圏に住んでいた。
そのため、東西の個サル、もしくは都会と郊外の個サルを経験してきた。
いくつか違いを感じた。
<回の多さ>
都会にある施設の方が、曜日・時間のバリエーションが多い。
レベル分けも明確にされている。
なので、「今日行きたいな」と思ったら比較的簡単にすぐに参加できる。
郊外の場合は、曜日も時間帯もほぼ決まっているので、参加者も段々顔なじみになっていく。
<ゴレの交代タイミング>
首都圏はスタッフが時間を測りながら、試合中一定時間になると声を掛けてくれて交代する。
関西はどちらかのチームが点を入れる度に交代する。
一瞬で点が入る場合もあれば、ずっと点が入らない場合もあって、不公平感はある。
今ではもう慣れてしまったけど、関西に戻ってきたばかりの時は凄くイラついた覚えがある。
「スタッフ仕事しろよ!」って思ってた。
大きい違いはそれくらいかもしれない。
プレースタイルや技術は人それぞれなので一概には言えない。
でも、エンジョイクラスにしても必ずうまい人は一人はいる。
その人たちはちゃんと周りのレベルに合わせてプレーする。
過度に指示出して来たり、へたくそを許容しない人は、たま~にいる。。東西関係なく。
最後に、個サルの魅力として。
全然知らない人が一堂に集まって、いきなり即席チーム組む。
それなのに、ゲームしていくとだんだんと、それぞれの特徴や力量が分かってきて、
パスがつながりだして崩してゴールまで行って。
ゴールしたら声かけあって喜びあって。
楽しい。
それでいて後腐れもない。
後腐れないんだけど、何度か通っていると徐々に顔見知りになって人間関係も広がる。
なんか上手いことできた仕組みだなと大げさに思いながら、今もはまってます。
今回、ここらで終わりにしようと思う。
個人フットサルの魅力 ~スクール編~
今回は、趣味でやっているフットサルについて書いていく。
5年前くらいに運動不足に危機を感じて、運動できる何かを探して出会ったのがフットサル。
「個人フットサル」だった。
ネットで調べていくうちに見つかったのだが、「個人てどういうことやねんw」状態。
個人フットサルって??
個人フットサルとは、簡単に説明すると、、、
その場に集まった人達で即席でチームを分けて、試合をするという形態のフットサル。
なので、チームに所属していなくても一人で、もしくは友達と一緒に参加できる。
略して「個サル」と呼ぶ。
全国各地にあるフットサル施設が主催していて、開催曜日と時間が決められている。
施設のホームページなどから自分の都合の合う回を探して参加登録するという流れだ。
フットサルってどこかのチームに属してないとそもそもできないと思っていた自分にとって、
青天の霹靂とはこういうことだった。
さらに、個サルは大きく2種類に分かれる。
一つは、時間枠内でチームを変えながらひたすら試合をし続けるプログラム。
ちなみに、時間枠は一般的に1回2時間が多い。
いわゆる狭義?の個サル。
もう一つが、専属のコーチがついて基礎から指導してくれるスクール型だ。
今日はそんなスクール型個サルの紹介をしてみようと思う。
個人スクール
僕がフットサルを始める際に一番初めに参加したのが、このスクール型だ。
スクール型っていうのは、月謝を払って毎週決まった曜日時間に通う。
元々はこんなイメージを持っていた。
だとするとハードルが高い。
もちろんこの形態もあるのだが、一般的な個サルスクールは、そうじゃない。
回ごとに参加表明する。料金も月謝ではなくその参加単位になる。
つまり、いつ参加するかはそれぞれの自由で、半強制的な継続はない。
なので、毎回通わなくてもスムーズに参加できるような指導メニューになっている。
新しい参加者も頻繁に加わるため、毎回ちゃんと基礎の基礎から教えてくれる。
それでいて、常連客にも飽きがないように、同じメニューをすることはほとんどない。
初心者はとっつきやすく、リピートもしやすい。
実際の肌感覚だと、根強い常連が4割、女性や初心者が6割くらいだと感じた。
「運動したくてフットサルに興味はあるけど、ガチだったらどうしよう…。体力もないし。」
「完全に初めてなんだけど、できるのかな。。」
個サルスクールは、こんな方たちにドンピシャなんだ。
ここからは、実際に体験したスクールの内容について少し。
まず全員で輪になって、新参加者をコーチが皆さんに紹介してくれる。
全部で15人くらいの中、新入りは僕含めて数人。結構いた。
女性も友達同士で3名ほど。
常連組はもうコーチ含めて仲良く話が弾む模様。
初め10分:準備体操と軽いランニングのようなもので体を温める。
10分:二人組になり、ボールを使ってパス交換。
20分:数人でのパス回し(いくつかバリエーションあり)
パス練習の中で、ボールを蹴る・止めるという基礎を結構個別にコーチが見て教えてくれる。
20分:シュート練習。
残り1時間:チームを分けて試合。
レベルとしては、初心者向けのため、ずっとゆるーい雰囲気の中過ごせた。
常連さんや経験者もオラオラでは決してなく、ちゃんと周りに合わせてプレーしていた。
ちなみに僕は学生時代、幽霊部員だったけどサッカー部だったので、一応経験者ではある。
それでも久しぶりの運動で、冬だったのにものすごく汗をかいた。
なんという充実感。
大げさかもしれないけど、「自分、この世界に存在しててもいいんだ。」という一つの自己肯定感を味わえた。
「あっ、これなら続けたい。」
この感情がずっと続いていて、やめられなくて、今自分の趣味にまで至っている。
肉体的にはもちろん、メンタルにも大きなプラス効果があるんだと確信。
初心者でも経験者でも、お近くの個人フットサルスクール、おすすめ。
また今度、スクールではない個サルについても話していこうと思う。
いざ、確定申告へ
今日から確定申告期間がスタート。
大した収入を得ているわけでは全くもってないのだけど、住宅ローン控除の初回ということで。
今日は有休をとって、最寄りの宇治税務署に足を運んだ。
今日を迎えるまでにやったこと
昨日まで、国税庁の確定申告書等作成サイトより必要項目を入力・印刷した。
たくさんの必要添付書類を準備した。
そして、できれば税務署にわざわざ行かなくていいように、e-Taxでの申告を試みた。
以前、自分が無職だった期間に確定申告をしたとき、e-Taxを一度断念した。
e-Taxでの申告をするための条件が、以下がどちらも満たされていることだった。
①マイナンバーカードを取得の上、読み込ませるためのICカードリーダーも用意する。
②事前に税務署に行き、受付でID・パスワードを取得する。
当時、これが自分にとってはハードルが高かった…。
めんどくせぇ…。。
時間も掛かるし、結局行かないといけないのか。
ということで、その時はe-Taxでの申告を諦めた。
ところが去年から、上記のどちらか一方でOKとなったらしい。
朗報。
よし、せっかくだからマイナンバーカード作っちゃおうかな!と盛り上がった矢先。
自分のような住宅ローン控除対象者は、たくさんの証明書類をもって税務署に行かなければならないことがすぐに判明。
まぁ、そりゃそうだろうな。。。
とはいえ、来年以降、もし確定申告することがあるなら絶対e-Taxがいい。
せっかく税務署に行くついでに、②のID・パスワードを取得しておくことにした。
実際に行ってきた
入力内容よし。必要書類よし。
子供たちは幼稚園。久しぶりに夫婦水入らずということで。
本日、満を持して、わざわざ二人で向かった。
税務署から200m程離れたところに臨時駐車場が設けられていた。
車を停めて、寒風吹く中しばらく歩き、到着。
正直、最低でも1時間は並ぶ覚悟だったけど、事前入力組はなんと待ちゼロだった。
あっけにとられながら用意してきたものを担当の方に手渡した。
そこから5分くらいで終わりそうになったんだけど、1点足りない書類があった。
原本は持ってきているんだけど、写しが必要。
「原本はここにあるのですが、コピー機って近くにないでしょうか…??」
「残念ながらここにはないですし、コンビニも歩ける範囲にはちょっとないですね。
郵送などでも構いませんよ。」
う~ん、ここまできて郵送って…。
こちらは忘れた手前何とも言えないけど、改めて郵送準備するのはめんどくさい。。
そちらも時間差開いて別途で管理・保管しておくのも大変でしょうに…。
とか、思いながら結局、車に戻ってコンビニでコピー後にまた受付に。
二度手間だったけど、郵送よりはね。。
コピー機一台でも設置しておいてくれたら、ありがたいのになぁ…。
今回の僕みたいな、あともう一歩の人って他にあんまりいないのかな。
需要あると思うんだけどなぁ。
その後、来年を見据えてちゃんとID・パスワードも取得しました。
これも、別のカウンターで受付け後、端末で簡単な情報を入力して発行完了。
待ち時間もほとんどなし。
一つ汚点を残してしまったが、総じて速くミッションが完了してよかった。
来年からは、きっと家から確定申告してみせる!
ここまで読んでくれて、ありがとう。
不安 → 準備 → 余裕
「余裕」って大事だよね。という話し。
どことなく、余裕=サボり=ダメ みたいな偏った思い込みがあった。
今までの環境や教育によるものなのかな。僕だけかな?
余裕を持つってのは許されるべきではないという考え。
でも振り返ってみると、その考えに従ったことでうまくいったことって正直思いつかないんだな。
余裕がなく常にギリギリってことは…
切羽詰まって焦るし、できるかどうか不安だし、自分にも人にもギスギスするし。
で、うまくいかない。
なるほど、余裕に敵対する要素として、やはり不安も関係しているようだ。
不安な気持ちが拡がると、、、
もやもや先が見えない。身動き取れない。 しんどい。 思考停止。
そして、気持ちに余裕がないと、、、
目の前の事で精いっぱい、焦る。 しんどい。 思考停止。
多少強引だけども、
余裕ない=思考停止=不安=どれにしても苦しい
って、繋がっているんだな。
となると、不安を減らすもしくは余裕を作ることができれば、楽になれるはずだ。
じゃあどうやって実現するか。
それが「準備をする」ということなんだと。
余裕が生まれると、自発的に前向きに考えられる。
もし不安に陥っているとしたら、この状態にいきなり切り替えることはできない。
その間を取り持つのが準備なんだ。
例えば、、
- 不安の原因を分析する。もやもやしていることの正体を知る。
- 判明した問題への対応策を考えてみる。
- 事前に段取り、計画をたてておく。
- 一度さわりだけでも取り掛かってみる。
- あまりにも過度な期待を捨ててみる。
- 自分にOKを出してみる、許す。
いったい何が不安なのか、それを解消するには何をどうすればできそうなのかがクリアになるにつれ、不安自体が薄れていく。
目的を果たすイメージをなるべく鮮明で強固なものにしていく。
このための具体的手段が準備なんだ。
ギリギリを手放して、気持ちに余裕を持つように「準備」することを心がけたら、
実際に楽になってきた。(完全には無理だけど…)
- 自発的に考えを巡らせて、行動するようになってきた。
- 目的を捉えて、それに向けて迷わずに行動できるようになってきた。
- イライラやハラハラが少なくなってきた。
- まわりの声や反応にあまり振り回されなくなってきた。
- 自分に優しくなってきた、結果、少しずつ人にも優しくなってきた。
など、まだ今後も含めて効果出てきそう。
経験してみた結果、「余裕=ダメ」という考えは捨てて、余裕持ってなんぼ!という
考えの方が自分に合っているみたいだった。
簡単にまとめると、、、
- 余裕というのは不安と相対するものなんだ。
- 準備とは不安を余裕に変換していく行為なんだ。
- 余裕を持った生き方の方が楽でいいな。
ここまで読んでくれて、ありがとう。